2008年10月16日
先日、奥さん(竹澤弘子)と愛知県に住む奥さんの姉さま夫婦、お母さま(ええとこの子ですからこう呼びます)と一緒に、広島県呉市に住む、やはり奥さんの弟家族宅へプチ旅行してきました。
現地では海上自衛隊の旗艦護衛艦の偉いさんを務める私たち自慢の弟君があちこち案内してくれ、奥さん家族全員との初めての楽しい旅行となりました。
一番の目的はなんといっても【大和ミュージアム】。
海が好き、船好きの私にとってはこの『戦艦大和』は小さい頃から、ただただ憧れの船で、この『大和』を始め、戦艦のプラモデルを何隻も作ってはご満悦の小学生時代でした。
呉市のミュージアムに着いてまず、びっくり仰天!鯨のようなグレーの巨体?
なんと本物の潜水艦が陸(オカ)に揚げられてド、ドーンと鎮座してるやないですか。
ええ~!その名も『てつのくじら館』?。
4年前まで現役で活躍していた潜水艦ですって。
『大和』を見る前に全長76m・高さ16.3m・重さ2250トンのド迫力に度肝を抜かれましたが、実際に乗艦できるというその潜水艦『あきしお』に後ろ髪を引かれながら【大和ミュージアム】へ、さあ入館です。
「うわあ~すご~い、美しい!」そうです、この言葉しか出ません。全長26.3m・本物の1/10スケール。
本物は全長263m 全巾38.9m 総排水量は72,809トンの巨艦でした。
あの『フェリー サンフラワー』が全長165m 全巾27m 排水量が11,178トンですから、いかにとんでもなくでっかい戦艦だったか想像できます。
あのプラモデルが完成した時の感動を思い出しました。でもその迫力が、すごいのひと言。
艦橋の重厚さ、砲塔や機銃、こまごまとした造りの正確さ。
そして何よりも目を奪われたのはこれ以上の美しさ無しと思うほどの流れるようなハルライン(船体=ボデイライン)とデッキライン。
入館したばかりなのに、全くこの場所から離れられません。
でも、あきまへん。次に進まないと全部見きれまへんがな。ここ3階建てでっせ。(興奮して大阪弁ですやんか。)
ここからも建造秘話から時代考証、太平洋戦争から大和が辿った悲しい運命と戦争の悲惨さなど、感動の連続です。
特に戦争末期の人間魚雷や特攻機による米艦船への特攻映像や終末を迎える原爆投下の瞬間映像など、目を覆いたいような悲しい映像を見るにつけ、思わず涙が溢れ、またなぜか、どうしようもない悔しさが沸いて来ていました。
このミュージアムでは東洋一の軍港、日本一の海軍工廠のまちとして栄えた呉市が、戦後約10年で世界一の造船国となったわが国の発展の一翼を担った事。
そしてその後の日本の潜在力と科学進歩の様子で結んでいましたが、このミュージアムが将来の、『この国を守る事』、すなわち『国防』そのものをこの国の人々に芯から問う、大きな試金石、生き証人のように感じました。
あの間違いは絶対に繰り返してはなりませんが、私たちは子を、親を、そして自分の家を守らなくてはなりません。果てはこの国を守らなくてはならないのです。
守るためにはそれなりの備えも必要なのを忘れてはなりません。
この身の廻りもそしてこの小さな国の廻りも。
3時間があっという間で、必ずもう一度訪ねたい場所でした。








