2010年07月15日
先日大好きだった叔母が亡くなり、お葬式に出ました。
このお葬式でひとつ強く感じた事がありました。
それは母親のしぐさによるものでした。
叔母は母親の妹になるのですが、母親は妹をこの80年近く愵愛してきたと言っても過言ではないくらいいつも気にかけていました。
特にこの数年は病に伏せていたこともあり、お互いに電話のやりとりをしながら自宅にいてもいつも話題にしていたのです。
私にとっては近くに住み、病弱だった私を常に助けてくれ、たいへん可愛がってもらった叔母ですので勿論ありがたい存在ですし、病に倒れてからもずっと心配していたのですが。
その叔母がついに旅立たれたとの連絡を受け、まず一番心配したのはやはり母親の落胆振りでした。
82歳になる母親はそれからお葬式までの数日間は気丈に振舞っていましたので、「ああ、大丈夫かな。」と少し安心していたのですが、驚いたのはお葬式の出棺の際でした。
お別れの際に、涙で席を立てないのでした。
この時私は母親の悲しみの大きさを再認識すると共に、生まれて初めて『一番大切なひとが悲しむ時にそれを見て、自分も同じ悲しみに陥る。』ことに気がついたのでした。
それまで何とか涙をこらえていた私も、母親の姿を見て堪えきれずに涙がどっと溢れたのです。
「お別れせんとアカンがな、見てあげないでいいんか?」
絞り出した私の言葉で、母親はやっとのことで席を立ち、私の腕にすがりながら何とか伯母のもとにゆっくりと歩き出したのでした。
愛するひとが悲しむことがこんなに自分も悲しいものだという事を初めて強く知ることができました。
大切な事を教えてもらって、おばちゃん有り難う。
そしてこれからも残った母親を大切にしていきます。
ゆっくり休んでください。
悲しい1日でした。








