2011年05月06日
産経新聞に『自衛隊員 献身貫く』という記事が大きく報じられていました。
小見出しには『被災者第一 風呂・食事、我慢の日々』とありました。
今回の地震で真っ先に駆け付けたのが、言うまでもなく自衛隊でした。
新聞第1面の写真で、隊列を組んだ車体に【災害派遣】の横断幕をつけた陸自車両が整然と並んで写っています。
しかし津波にのまれ、タイヤが水に浸かっています。
駐屯地で地震発生を受け、迅速に出動していた証しの写真です。
この震災では文字通り自衛隊は【最後の砦】でした。
被災地での救援活動はもとより、あの原発での正に命をかけた献身的な活躍に、感謝の言葉が見つかりません。
この記事では、隊員の命がけの姿が、始めは様子見であった米軍の「本気」を引き出したとも書かれています。
また「自宅が全壊、家族も行方不明」という隊員も黙々と働いているとも。
そして驚くのは、隊員の皆さんは被災地に来て12日目、風呂はまだ1回、毎日乾パンや缶メシと水だけ、炊き出しの温かい食事を被災者に提供しても、皆さんは狭いトラックの中で、ひざ詰めで冷えたままの缶詰めの食料を食べて頑張ってくれているのです。
遺体収容の凄惨な現場では隊員の心を消耗させ、無力感の中でひたすら耐えてくれているとも書かれています。
「自衛隊にしかできないなら、危険を冒してでも黙々とやる。」「国民を守る最後の砦。それが我々の思いだ。」隊員からのメールです。
平常時でも有事に備える為、過酷な訓練を重ね、常に危険と隣り合わせの自衛隊。
その上に、どのような災害時でも先頭を切って危険に立ち向かう人たち。
私は、あの≪阪神淡路大震災≫の時、トラックの後ろに見えた若い隊員に「自衛隊さん、ありがとう。」と声をかけた時に、ニコッと笑い返した顔を未だに忘れる事ができません。
その時の隊員の童顔の笑顔がいかに頼もしかったか。
涙が溢れました。
この自衛隊を≪暴力装置≫と表した何処かの政治家は、どんな気持ちでこの状況を見ているのでしょうか。
私たちはこの人たちの温かい存在と『この国を守る』強い気概、意志に改めて感謝しなければなりません。
また、私たちもこの皆さんにならい、『この国を守るために常に何を考え、何をすべきか?』を頭の隅に置いておかなくてはならないと思います。
私たちも自ら『この国を守らなくてはならない。』のです。
自衛隊さん、本当にありがとう。でも身体だけには気をつけてください。
もう一つ忘れてはならないのが米国の存在です。
やはり真っ先に救援を表明し、今や『トモダチ作戦』と銘打って、何と1万8千人以上の米兵が救援に当たってくれています。
≪友≫ ≪がんばろう日本≫と刺繍されたワッペンをつけ、参加する艦船は19隻、航空機は140機だそうです。
どんな時でも日米が協調し、助け合おうという米国の気概を感じる大きな出来事です。
私たちはこの事もしっかり忘れず、これからの米国との熱い付き合いを進めなくてはなりません。
≪エッグタイムズ4月号≫『社長のコラム』より








