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2026/01/24

勝田 晋次

階段を捨てる前に、平屋と二階建てのあいだで考えたいこと

こんばんは
茨木市にある自然素材の注文住宅を建てる工務店、エッグ住まいる工房の勝田です。

先日、しばらく出来ていなかった山登りをしたのですが、寒波が近づいてきていることもあったので、無理を避けてご近所の四条畷の飯盛山に行ってきました。
調子が良くないヒザの具合を確認したかったので、負荷としてはちょうど良かったのですが、歩きながらふと思うところがあったのでブログにすることにしました。
長い将来を通しての自分の身体との付き合い方的なお話です。

登山道休憩所の見晴台からの眺め
登山道休憩所の見晴台からの眺め

物価高のいま、終の棲家としての「平屋」

物価の高騰が続くなか、「住まいの選択」は慎重になっています。
自宅の購入というのは多くの方にとって一度きり。
終の棲家として、何を基準に決めるべきか。そこで最近は「平屋」が話題に上がることも少なくありません。
階段がないぶん安全で、将来も暮らしやすく、たしかに合理的です。

ただ一方で、平屋がいつの間にか“消極的な選択”になっていないかも、少し考えてみたいのです。
体力に自信がないから、将来が不安だから、階段が怖いから。
そうした理由だけで選ぶと、住まいは安心でも、気持ちにどこかセーブがかかってしまうことがあります。
※参考:スーモリサーチセンター

階段=危険、ではなく「必要な体力」を育てる視点

モノを大事にする人ほど、本当は「住まい」も「身体」も、手入れを重ねながら長く使い続けたいはず。
家を整えるように、自分の身体機能も整えていく。丁寧で上質な暮らしとは、そういう“見えない維持”を自然とされている気がします。

平屋か二階建てかは、優劣ではなく設計の違いです。
けれど、階段という存在は、住まいの中に自然な運動量を生みます。
もちろん筋肉が衰えると階段は負担になり、転倒リスクも上がります。
だから「階段がある=危ない」ではなく、「階段がある暮らしを続けるなら、必要な体力をどう育て、維持するか」という視点が生まれます。

身体づくりは特別なことではなく、日常の積み重ねで足りる場合が多かったりします。
住まいの維持に掃除や点検が必要なように、身体機能の維持にも「最低限の運動量」が必要です。
節制できた生き方というのは、我慢を重ねるというより、余計な損耗を減らし、必要なことに手をかける生き方。

住まいも同じで、傷む前に手を入れ、長く気持ちよく使う。
その延長線上に「自分の身体機能を維持しつつ2階建てに住む」という選択肢も、自然と成立するように思います。

終の棲家は「形式」より「維持のしかた」

結局、終の棲家とは「建物の形式」だけで決まるものではなく、住まう人の“維持のしかた”とセットで決まるのだと思います。
平屋はたしかに安心で、将来への備えとして強い味方です。でもそれが不安だけから導かれた消極的な選択になってしまうのは、少しもったいないようにも感じます。

モノを大事にしてきた自分を信じられるなら、住まいも身体も、丁寧に手入れしながら長く付き合っていく道も選べます。
家に合わせて暮らしを縮めるのではなく、必要な体力を育てながら、家と暮らしを育てていく。
物価の高騰という時代背景のなかでこそ、そんな視点が、上質さを支える本質になるのではないでしょうか。

身体との対話を通じて、そんなことを考える寒空登山でした。

執筆者: 勝田 晋次

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